ローマ五賢帝 「輝ける世紀」の虚像と実像

ローマ五賢帝
著:南川高志
発行:講談社現代新書講談社
ISBN:4061493892
評価:★★★★

ローマはなぜ栄えたか。「人類が最も幸福であった時代」とされた最盛期の定刻の闇に隠された権力闘争の真相とは。新たな視点から皇帝群像を描き、ローマ史を書きかえる

世界史の授業で必ず習う帝政ローマの「五賢帝」というものがあります。五賢帝とはネルウァ、トラヤヌスハドリアヌスアントニヌス・ピウスマルクス・アウレリウス・アントニヌスの5人を指し、現代日本では英明、公正、寛大な理想的統治者と教えられていると思います。これは18世紀イギリスの歴史家エドワード・ギボンの「ローマ帝国衰亡史」で

一世紀近くにも及ぶ幸福な時期にあって、その統治は、ネルウァ、トラヤヌスハドリアヌス、そして両アントニヌス諸帝とつづく傑れた君徳と能力とによって導かれてきた。

仮にも世界史にあって、もっとも人類が幸福であり、また繁栄した時期とはいつか、という選定を求められるならば、おそらくなんの躊躇もなく、ドミティアヌス帝*1の死からコンモドゥス*2の即位までに至るこの一時期を挙げるのではなかろうか。

<中野好夫訳/筑摩書房、1976年>


と評していることにちなんだものだと考えられます。オクタウィアヌスアウグストゥス)〜ネロのユリウス・クラウディス朝とその後のウェスパシアヌス〜ドミティアヌスのフラウィウス朝と血縁で皇帝を選出したのと違い、養子皇帝制として帝位を禅譲したかのように聞いていました。東洋思想では王位の禅譲は最上とされますから五“賢”帝とされたのかもしれません。
しかし本書では五賢帝時代の政治暗闘を描き、決して円満には選出されなかった事実を語っています(世界最大の帝国の皇帝ですから政争は生易しいものではなかったでしょう)。帝国最大の版図としたトラヤヌスが選ばれたのはネルウァがパトリキ同士の確執から後継者を選べず、軍を掌握していたトラヤヌスが後継者争いに勝利し、敗者を歴史から抹消したためネルウァから帝位を授けられたように見えるだけのようですし、哲人皇帝と呼ばれるマルクス・アウレリウス・アントニヌスは防衛戦争に駆り出され、「自省録」に見られるような穏やかな時代背景では全くなかったようです。
ローマ帝国モノとしては塩野七生の「ローマ人の物語」がくわしいですが、膨大でもあり、ちょっと気になったことを知るという点では本書は適度のボリュームでとても読みやすかったです。

*1:ネルファの前の皇帝

*2:マルクス・アウレリウス・アントニヌスの後の皇帝